





建築さんぽ―東京で出会う建物ものがたり
日々歩く街角の風景に、建築というフィルターを通して目を凝らしてみると、驚くほど豊かな物語と美しさが広がっていることに気づきます。高層ビルのガラスに映る空、ひっそりと佇む洋館、老舗の喫茶店やホテルのエントランス。そのひとつひとつに、設計者の思いや時代の背景、そして都市の記憶が刻まれているのです。
今回ご紹介するのは、そんな“建築の目”を育てながら東京の街を歩く楽しさを味わえる5冊。名建築からレトロ建築、ホテル、住宅まで、多彩な視点で街を読み解くガイドとなる一冊たちです。建築に詳しくなくても大丈夫。好奇心ひとつで、見慣れた街が新鮮な表情を見せてくれるはずです。
『TOKYO名建築案内』米山勇・山内貴範/朝日新聞出版
東京という巨大都市の中に点在する名建築を網羅的に紹介した一冊。著者の米山勇と山内貴範は、建築をこよなく愛する2人の目線で、さまざまなスタイルの建物を丁寧に掘り下げていきます。現代建築から戦前の建築まで、実にバリエーション豊かな建物たちが登場。
本書の特徴は、写真と図面、テキストのバランスが非常に優れている点。建物の外観だけでなく、設計の意図やディテール、街との関係性までもをしっかりと言語化しており、まさに都市と建築の教養書とも言える内容です。また、地図付きでアクセスしやすく、実際に歩いて回るのにも最適です。週末の街歩きのパートナーとして手元に置いておきたい一冊。
『東京名建築さんぽ』大内田史郎・傍島利浩/エクスナレッジ
「建築散歩」の楽しさをとことん味わいたいなら、この『東京名建築さんぽ』がぴったり。建築写真家・大内田史郎と建築ライター・傍島利浩のコンビによるこの本は、写真と解説が軽快にリンクし、まるで一緒に歩いているような気持ちになります。
取り上げられているのは、東京の各エリアに点在する名建築の数々。明治・大正の洋館から戦後モダニズム、現代の前衛的な作品まで幅広く網羅されています。各建物へのアクセス情報や周辺スポットの紹介もあり、散歩の導線としても優れています。何より、筆者たちの建築への愛情がにじみ出ていて、読んでいるこちらも思わずうれしくなる一冊です。
『東京ホテル図鑑』遠藤慧/学芸出版社
東京のホテル建築に特化したユニークな視点の本書は、建築としてのホテルを味わいたい読者にぜひ手に取ってほしい一冊です。著者の遠藤慧は、建築とデザインの両面からホテルを観察し、時に社会的文脈も踏まえてその魅力を掘り下げています。
高級ホテルのラグジュアリーな空間から、ブティックホテルの個性的なデザイン、はたまた昭和レトロ漂う老舗ホテルまで幅広く紹介。ページをめくるたびに、ホテルという空間の多様性と奥深さに驚かされます。
「泊まらなくても楽しめる建築」としてのホテルを知ることで、旅の計画はもちろん、街歩きの新たな目的地が生まれるはずです。建築にあまり興味がなかった人にも、その魅力を伝えてくれるやさしい導入書でもあります。
『宮田珠己の楽しい建築鑑賞』宮田珠己/エクスナレッジ
建築を見ることの「楽しさ」をこれほどまでにユーモアたっぷりに語ってくれる本は他にないかもしれません。エッセイスト宮田珠己による本書は、建築好きはもちろん、これまで建築に関心を持たなかった人にも強くおすすめしたい一冊です。
例えば、「このビル、よく見ると変だぞ?」という着眼点から始まる文章は、難解に思われがちな建築の世界を一気に身近なものに変えてくれます。硬派な建築本では見落とされがちな視点や感情が、生き生きと描かれており、建物を見るという行為そのものの面白さを再発見できます。
建築を知る、というよりも「建築で遊ぶ」という感覚を教えてくれる一冊。読み終えた後、街を歩くときの視線が確実に変わっていることに気づくはずです。
『秀和レジデンス図鑑』谷島香奈子・haco/トゥーヴァージンズ
東京のレトロ建築愛好家やマニアの間で熱い支持を得ているのが、この『秀和レジデンス図鑑』です。ブルーの瓦屋根と白い外壁、装飾的なアイアンの手すりでおなじみの「秀和レジデンス」は、1960〜70年代にかけて東京を中心に数多く建てられた分譲マンション。その独特の意匠に惹かれた著者たちが、愛情と情熱を込めて徹底取材したのが本書です。
各物件の外観写真はもちろん、内装やエントランスの装飾、当時の広告資料や入居者インタビューまで、まさに“図鑑”としての完成度の高さに驚かされます。どこか懐かしく、それでいて唯一無二の魅力を放つ秀和レジデンスたち。建築史の一端を担う存在としても見逃せません。
本書を片手に、実際に街を歩いて秀和を探すという新しい建築散歩もきっと楽しいはずです。
街が語りかけてくる瞬間を楽しもう
建築は、都市の歴史と文化、そして人々の暮らしを映す鏡のような存在です。それぞれの本が教えてくれるのは、ただ「建物を見る」のではなく、「建物を感じ、考える」という視点の大切さ。建築に込められたストーリーや意匠の妙を知ることで、私たちの街歩きは一層豊かなものになります。
今回ご紹介した5冊は、そんな視点を育ててくれる頼もしいガイドです。日常の散歩がもっと楽しくなる、建築が語りかけてくる瞬間を、ぜひ体験してみてください。
2025年5月31日 更新